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こんにちは、あなここインターン、ちえです。
私の分析、感想も入っています。

不快キーワードは、不快キーワードをわかっている人に、きいてもらって、自分で壊していく。
 
 私の過去回想です。
 私は舌打ちが不快でした。
 責められたと感じていたのとほぼ同時に、
 私なら、それくらいは責めずに我慢するのに、
 と思っていたので、舌打ちする人に怒っていました。
 舌打ちにどんな意味があったのかは、舌打ちした人に聞いてみないとわかりません。
 舌打ちする自由は、誰にでもあります。
 舌打ちする人を好きになる必要はないですが、
 舌打ちで全員が不快になるかというと、それもわからず、
 私が不快に反応したということは、確かです。


自分のできないところ(自力の無さ)に目が行って、不快を感じる。
不快を不快と感じることが大切です。

配列を崩すのは、方法論ではないのですが、
方法論でないということを説明する方法論が必要で、
それが「我が子が不登校になった日」に書かれています。

表の配列を崩すと裏の配列が強化されることがあります。
表はわかりやすい配列。
 
 私の表の配列は、冷蔵庫の区分けがありました。
 配列を崩すと、自由になりますが、
 我慢したい気持ちが湧いてきました。
 我慢を手放したくない感じです。


喉元過ぎれば熱さを忘れる。
人からしてもらったこと、を忘れて、
人に酷いことをしてきたことも忘れていく。

 感覚を忘れないためには、人に話していくことが必要なのだと思います。


一本が不快の柱で、10本集まって嫌悪する感覚になり、
その奥には恐怖があり、100本の柱が必要となります。
一本の柱は、例えば、ママ友とケンカ。
私たちは、不快を快にするために、正当化しています。


性欲は、本能なので、誰にでもあるものです。

 とは言っても、性欲の話しは、恥ずかしいです。
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【2014/08/13 17:28】 | セッション振り返り
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